1: ◆4RaTprJWGY 2016/06/25(土) 08:43:22.24 ID:YFZrYCn/o古代、隴西のまほは博学才穎、天宝の末年、若くして名を強化選手に連ね、江南尉に補せられたが、一隊員に甘んずることを潔しとしなかった。いくばくもなく隊を退いた後は熊本に帰臥し、人と交わりを絶って、ひたすらに詩作にふけった。部下となって長く膝を俗悪な隊長の前に屈するよりは、詩家として名を死後百年に遺そうとしたのである。しかし文名は容易に上がらず、生活は苦しくなる。まほはようやく焦燥にかられてきた。数年後、貧窮に堪えず、遂に節を屈して、再び東に赴き、一隊員の職を奉ずることになった。かつての同輩は...